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岩政大樹、契約から見る鹿島が「ファミリー」たるゆえん - BEST TIMES

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クビか移籍か。契約から見る鹿島が「ファミリー」たるゆえん【岩政大樹の現役目線】

鹿島アントラーズはなぜ巨大戦力ではないのか

■契約にまつわる改善点

 移籍市場が落ち着き、どのチームもJリーグの開幕に向けて準備を進めています。今年は印象的な移籍が続き、新シーズンの動向がとても楽しみになりました。

 プロの世界は契約によって縛られ、選手をしていれば移籍はずっと頭のどこかについて回るものです。僕もワールドカップやアジアカップを終えた2011年あたりからは毎年のように移籍の選択肢を心のどこかに持ちあわせながらシーズンを過ごしていました。

 日本では昔からの名残で「クビ」だとか「戦力外通告」だとかいう言葉が根強く残っていますが、サッカーの世界ではそもそも契約が切れる半年前から自由にどのチームとも次年の契約を結べることになっているので、実際には選手たちはシーズン中からあらゆる選択肢を探っています。

 探るといっても、その仕事は仲介人(代理人)と呼ばれる人に任せているので、僕の場合はそれによって「今」や「今のチーム」に集中できなくなるようなことは一切ありませんでした。むしろ未来を見据えると「今やるべきこと」が明確になるので、「今しかできないこと」に集中できる感覚を持っていました。

 そういう制度であるにも関わらず、日本のクラブの場合、色々な事情のもとでシーズンを終了した直後に、一斉に契約の通知をするクラブが多く、それを契機としてクラブやメディアが「今シーズン限りで契約を終了します」といった発表をするので、未だに「クビ」という印象で語られることが多いのが実情です。

 しかし、僕は契約とはそもそもがクラブと選手の双方の合意で成り立つものであるのだから、もちろんクラブ側から(契約を)打ち切る場合もあれば、選手がそれを拒む場合もあるわけで、どこか一方的な印象を残す今のやり方はもう少し改善すべきではないかと感じています。実際、いくつかのクラブはそう変わってきています。

■鹿島が「ファミリー」を感じさせるチームである理由

 こうした面にデリケートに対応していたのが、僕の古巣、鹿島アントラーズです。今年も確か一人たりとも「契約非更新」とは発表せず、いなくなる選手も「移籍」という形になってから発表していました。

 鹿島だからできる、と言われればそうなのかもしれませんが、こうした対応に選手たちは「ファミリー」であることを感じるのです。鹿島には一度でも、鹿島を「自分のチーム」として選んでくれた選手を大切に扱う、という今や不文律のようなものがあるので、選手たちに極めてきめ細かい対応がされています。

 チームを退団する選手にはできるだけ移籍先を見つけた上で「移籍」という形に見せ、退団したあともいつまでも気にかけてくれます。スカウトの方なども入団させたら終わりではなく、入団後もうちの両親に事あるごとに連絡をくださり、退団したあともいつまでも関係が続いています。

 そのための「戦力は厚すぎず、薄すぎず」なのでしょう。クラブでは、手当たり次第選手をかき集めるのではなく、「今いる選手たちを一番に考えること」が徹底されています。

 契約交渉のときによく聞かされていました。僕は大体、お金の話より次の年の構想の話を伺っていたのですが、そのときに「今いる若手が20%伸びれば、それが補強になる」と。つまり「外から選手を取ることだけが補強ではない」。

「なるほど」と思いました。例えば、三連覇の始まりとなる2007年のシーズン当初は、浦和レッズやガンバ大阪の方が充実した戦力を有していたと思います。しかし、終盤になってチーム力を高めた僕たちは一気の9連勝で逆転優勝を果たし、そこから史上初に向かうロードを進み始めました。

 そうした経験から、僕は常にチーム内のバランスを意識するようになりました。決して偏ることなく、ベテランと中堅と若手がそれぞれの持ち場で躍動するチームこそ強い。そう考えると、僕が30歳を過ぎたあたりから、鹿島はベテラン勢が多すぎる構成になっていっている気がしていました。

■30歳を超えてゴールデンエイジと「勝負」をした

 僕は2年目の23歳のときに1年間試合に出続けることができ、その頃から2つ上のゴールデンエイジと下の若手をつなぐ役割を期待され、僕なりにその仕事を全うしていました。しかし、ゴールデンエイジに加え、僕まで30歳を超えてくると、僕より下の中堅たちはいつまでも役割が大きくなっていきません。若手は若手で、プロに年齢は関係ないとは言うものの、年がひとまわり離れた人たちがあまりに多くなると、どうしても中心になっていく絵が描きづらいのではないかと思いました。

 そこで僕は、これをゴールデンエイジとの勝負だと位置付けました。つまり、若い選手たちが伸びてきている中で僕が生き残れれば鹿島でキャリアを全うしよう。逆に僕ではなく、ゴールデンエイジが勝ち残っていくようなら僕が鹿島を去ろう、と。

だから、鹿島退団時、山村選手、昌子選手、植田選手という若手センターバックたちに「ポジションを奪われた」とか「道を譲った」みたいな見方をされましたが、僕の中では「ゴールデンエイジに勝てなかった」という気持ちでした。

 小笠原選手や中田浩二選手は30歳を過ぎたあたりでポジションを明け渡すことがあったにも関わらず、自力で取り返しました。本山選手や曽ヶ端選手も健在でした。僕は彼らを見て、彼らとは違う道の歩き方をしようと決めたのです。

 移籍には大きな決断があり、そこに挑戦が生まれます。しかし、残留にも同じように決断があり、挑戦があります。僕は、移籍=挑戦とか海外=挑戦だとは思っていません。

 鹿島を出ようと決めてからは、決断に悩んだら考えるのは「どちらがより難しい挑戦か」。僕はそれを自分の心が「めんどくさい」と思ってしまう方で測るようにしています。 

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岩政選手の連載で、契約にまつわる鹿島が「ファミリー」たるゆえんが紹介されています。

鹿島の移籍情報が外に漏れないというのは有名な話ですが、それはやはり選手のことを思っての理由ですね。

ちゃんと次の契約に繋げ、移籍先が決まってから「移籍」という形でリリースする。

そういう選手を大切にする精神が鹿島が「ファミリー」として強く結びつき、今回の内田選手復帰のようなこともあるのでしょう。

決して大きなクラブではありませんが、本当に素晴らしいクラブだと思います。

サポーターとして誇りに思いますね。

これからもこの鹿島アントラーズを全力で応援していきいます!!

 

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